Vol. 19 「椿三十郎」

 今月は、お勧め作品と言ってもつい最近TVで放映されたばかりなので、その時に既に観られた人も多いかもしれません。私自身もTV放映の時に観たかったんですが、残念ながら見逃してしまい、レンタルで借りてきてやっと観ることが出来ました。そんなわけで、今回は黒沢明監督の「椿三十郎」。昭和30年代のモノクロ娯楽時代劇です。黒沢作品で私がちゃんと観たことがあるのは「七人の侍」くらいしかなく、この作品も面白いという話は以前から色々なところで聞いてはいたんですが、今まで観る機会はありませんでした。それで、今回初めて観たわけですが、はっきり言ってうわさ以上に面白い作品でした。

 まず、ストーリーが(良い意味で)とても単純明快なのが良いです。内容は、藩の汚職を暴く為9人の若侍が立ち上がったものの、逆に若侍のうちの一人の叔父で、汚職の秘密も知っている役人が悪者側に拉致されてしまう。そこで、たまたま知り合った素浪人の椿三十郎が彼らを助け、その叔父を無事助け出す為に活躍するという、それだけの話です。が、それにもかかわらず、冒頭から話が非常にテンポよく進み、途中ちょっとしたギャグも織りまぜつつ最後の最後まで全く飽きることなく楽しめます。登場人物も「良い者」「悪い者」の描き分けがはっきりしていて分かりやすいですし、それぞれのキャラクターも個性的で楽しめます。特に、その拉致される役人の娘とその母親や、捕虜として(?)捕まえた敵側の侍などは、ギャグ・メーカーとしても話にメリハリを付けていて、個人的にもとても気に入りました。

 しかし、この作品の一番の魅力は、なんと言っても主人公の椿三十郎が非常にカッコ良いことでしょう。とにかく、仕事も金も無いさすらいの素浪人にもかかわらず、一度剣を抜けば20数人をアッと言う間に叩き斬ってしまう程の腕前で、その上頭も切れて策士としても優れている。しかも、そんな中にもふと優しい面を見せたりもするという、まさに絵に描いたようなヒーローです。「1941」では、ちょっとイッちゃってる日本帝国海軍の将校役だった三船敏郎も、ここでは「世界のミフネ」らしいところを存分に見せてくれます。また、ヒーローをカッコ良く見せるにはライバルが必要、という訳で、当然敵側にも剣も頭も切れる人物が登場するのですが、この二人による相手の作戦の読み合いというのもこの作品の見どころの一つになっています。私は、この手の「頭脳戦」も大好きなので、まさにこれぞ観たかった映画、という感じでした。

 取りあえず、モノクロの古い作品ですし、特に最近の黒沢作品しか知らない人はそれだけでしり込みしてしまうかもしれません。実際、私もそう言うところがありましたが、この作品を観れば、黒沢作品や邦画そのものに対するイメージも少し変わるんじゃないかと思います。今回は、ほとんど褒めちぎってしまいましたが、まだ観たことのない人には本気でお勧めできる作品です。(個人的には、若侍役で出ている「加山 "若大将" 雄三」や「田中 "青大将" 邦衛」のまだ若かりし頃の姿を観るだけでも一見の価値があると思います)

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