Vol. 12 「デッド・マン

 このコーナーの連載を始めて一年が経ったが、その間(もちろん好みによって分かれるものもあるが)自分なりに面白いと思い、とりあえず他の人にも勧められると思った作品を紹介してきたつもりである。しかし、今回の「デッド・マン」については、決して作品の質が低いわけではないものの、どんな人にでも勧められるようないわゆる観て面白い映画ではないことをあらかじめ断っておきたい。

 とりあえず、どんな話かという事を説明しておくと、1870年頃、アメリカの西部にあるとある街に職を求めてやって来た会計士の青年が、ひょんな事から人を殺してしまった為に賞金稼ぎに狙われることになってしまう。生き延びる為に必死に山の中を逃げている内に一人のインディアンと出会った彼は、そのインディアンに助けられながらひたすら逃げ続け、最後は…というストーリーである。全編のほとんどは、西部の山の中を逃げ続ける主人公のウィリアム・ブレイクとそれをしつこく追い続ける殺し屋のシーンがひたすら淡々と続くだけ。はっきり言って娯楽性は無いに等しいと言っても良いし、多分、観ているうちに寝てしまう人も多いと思う。(私自身、それをある程度覚悟してそれなりに体調を整えて観に行ったつもりだったが、それでも途中、危うくなりそうだった)しかし、じゃあ内容がない駄作かというとそんなことはなく、上にも書いたように映画としての質や完成度はとても高い(と思う)作品である。

 この作品の脚本を書き、監督もしているジム・ジャームッシュがこの映画の中で表現しようとしているものは、人間の死や自然との関わりといったことである。例えば、この作品の中に登場するインディアンは、従来のいわゆる「西部劇」に登場する野蛮な悪役としてのそれではなく、自然との関わりを深く持ち、神秘的でむしろ尊敬できる存在として描かれていて、この作品のキーワードとなる人物である。また、この作品は全編モノクロで撮影されているのだが、これによって西部の山が見慣れた荒野から一種幻想的な空間となり、人間の死というある意味で非常に抽象的なテーマを表現すのに非常に効果的に使われている。そして、さらにそれに輪をかけるように観るものに不思議な感覚を与えるのが、作中で流れる音楽である。延々と繰り返されるニール・ヤングによるギター・ソロだけのBGMは、既に初めから劇伴としての音楽ではなくなっていて、その印象的なフレーズは聞き慣れないうちは多少不快ですらある。しかし、それがいつの間にか麻薬のようにジワジワと体に浸透してきて、気が付くと劇場を出てからも頭の中で鳴っていたりする不思議な音楽である。

 そもそも、私がこの作品を観に行った理由は、「ミステリー・トレイン」や「ナイト・オン・ザ・プラネット」のジム・ジャームッシュの新作だからであった。ジム・ジャームッシュの作品は、(少なくとも私が観た限りでは)どれも割と淡々と進み、特に大きな盛り上がりもなく終わるので一見単調にも見えるのだが、その中にちょっとしたユーモアや人間の悲哀といったものが細かく入っていて、そこが一つの魅力となっている。ただ、今回の作品ではそこからさらに一歩踏み込んで、人間の根源的な部分をテーマにしているという点で、一つの転換期の作品という印象も受けた。

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