Vol. 46 「千と千尋の神隠し」

 先日、「テイラー・オブ・パナマ」という映画を観てきました。内容的には、アイデアは悪くないものの脚本がイマイチという作品で、残念ながらこのコーナーで取り上げるのは見送ることにしたのですが、その映画館で一つ気が付いたことがありました。それは、観に来ている人の年齢層が、妙に高いことです。平日の昼間、それもあまり客の入りが良いとは言えないような館内の話なので、たまたま偶然だったのかもしれませんが、それにしても、観客の9割が私より年上、ハッキリ言って中年以降の人ばかりというのは、この手の映画(一応、スパイ映画です)としては、やはりちょっと異色だという気がします。そもそも、私がこの作品を観に行った理由の一つは、主演が007役で有名なピアース・ブロスナンだったからなのですが、そういえば、最近の007シリーズでも、こういった年齢層の高い人が目に付きます。なので、ひょっとして、この人達も私と同じ動機で観に来たのかな?などと何となく思ってしまいました。

 さて、なぜ、こんな話を長々と書いたかというと、実は今回取り上げる「千と千尋の神隠し」を観に行った時に、その客層の広さにちょっと驚いたからです。私が観に行ったのは、やはり平日のレイトショーの回だったのですが、まだ夏休み期間中とはいえ、公開から一ヶ月以上過ぎた平日の月曜日にもかかわらず、開演前には既に数十人が並んでいました。その人気ぶりにも驚いたのですが、それ以上にそこに並んでいる人が、下は幼稚園か小学校くらいの小さな子供から、上は老夫婦らしき人まで、文字通り老若男女を問わずだったのです。思えば、「風の谷のナウシカ」の時は、まだ客層もアニメファンを中心とした10代や20代がメインでした。それが、「となりのトトロ」で親子連れが増えてくるようになり、「紅の豚」くらいからは宮崎作品はカップルがデートで観てもおかしくない(という表現自体も、ホントはおかしいのですが…)アニメというイメージができ始め、その後「もののけ姫」で邦画の興行収入記録を打ち立てるに至って、ついには、それまでアニメ映画を劇場で観ることすらなかったような年配の人々まで劇場に足を運ばせるようになったわけです。

 簡単に書きましたが、実はこれはとても大変なことで、上の「テイラー・オブ・パナマ」の例を挙げるまでもなく、大抵の映画は、観客の年齢層というのは結構偏っています。逆に言えば、一口に「大人も子供も楽しめる作品」と言っても、実際にはそういう作品はとても少ないということです。そういう意味で、今回の「千と千尋の神隠し」は、今までの宮崎作品と同様に(もしくは、それ以上に)真の意味で大人も子供も楽しめる作品と言えると思います。10歳の千尋が、引っ越しの途中に不思議な空間に迷い込み、そこで豚にされてしまった両親を元に戻すため、湯屋と呼ばれる八百万の神の風呂屋で働くことになるというストーリーと、その不可思議な世界は、それ自体がおとぎ話であり、子供達にとってはそれだけでも十分楽しめます。また、大人にとっては、そんなストーリーの端々に織り込まれた作者のメッセージや謎解きを捜しながら観てみる、という楽しみ方も出来るのです。

 前作の「もののけ姫」を遥かに上回るペースで興行成績を伸ばしている、この「千と千尋の神隠し」ですが、(観るまでは、ほとんど情報を得ないようにしていたこともあって)私自身は、なぜそこまで人気が出ているのか、実はあまりピンときませんでした。しかし、今回実際に作品を観てみて、それが決して宮崎ブランドによるものだけでなく、本当に万人に受け入れられるように作られた作品だからであることがよく分かりました。と同時に、まだまだ宮崎駿は健在、ということも改めて強く印象づけられました。

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