Vol. 39 「人狼」

 既にご存知の方も多いと思いますが、日本のアニメーション、いわゆる「ジャパニメーション」は、その作品の質の高さと、CGI等も含めた作画技術において、世界的にも確固たる地位を築いています。特に、押井守の監督した「功殻機動隊」などは、今やハリウッドの作品にまで影響を与える程で、あの「マトリックス」のスタッフも制作前に全員が観たと言われています。そんな中、昨年、ドイツやフランスを始めとする世界各国の映画祭で上映され、数々の賞を受賞した日本のアニメ作品がありました。それが、今回紹介する「人狼」です。原作、脚本は前述の押井守、監督はそれまで「AKIRA」や「功殻機動隊」に原画や作画監督、キャラデザイン等で参加し、今回が初監督作品になる、沖浦啓之です。ただ、これだけ実力のあるスタッフが参加していて、しかも、海外でも高く評価された作品にもかかわらず、なぜか国内では単館ロードショーでの公開となっているため、最近は地元の映画館で観ることが多かった私も久々に新宿へ出向いて行くことになりました。私が行った時は、既に公開から2ヶ月近く経った平日の夜の回だったので、いくら一部で話題になっているとはいえ、場内はガラガラだろうと思っていたのですが、ほぼ満員だったのでちょっとビックリしました。

 第2次大戦後、増加傾向にあった凶悪犯罪や反体制派による破壊活動を取り締まるために、いわゆる警察とは別に首都警という治安組織が創設され、その実行部隊である特機隊は、通称ケルベロスと呼ばれていました。そのケルベロスの隊員である伏一貴は、ある日反政府ゲリラとの交戦中に、ゲリラのメンバーである一人の少女を目の前で自爆させてしまいます。それまで、組織の一員として冷徹に任務を遂行してきた伏は、その事件をきっかけに少しずつ変わり始めるのですが、そんな時、彼の前にその自爆した少女の姉、雨宮圭が現れ…、といった内容です。このケルベロスという設定を使った作品は、今までにも押井守自身が2本の実写作品を作っており、今回の作品も当初は自分で監督するつもりで企画していたそうです。しかし、諸々の事情によって沖浦啓之が監督をすることになり、沖浦監督のリクエストも含めた形で、改めて脚本が書き直されました。そのこともあってか、この「人狼」は、いわゆる押井作品にみられる「難解さ」があまり感じられません。物語は、ほとんど伏と雨宮の二人だけで展開していきますし、その二人に対する沖浦監督の演出方法も非常に情緒的などちらかというと実写に近いものなので、そういう意味では、むしろとても分かりやすい作品と言えるかもしれません。では、押井色がまるで無いか、というとそういうわけでもなくて、例えば、押井作品では、本編に別のモチーフを比喩的に絡ませることが多いのですが、今回は「赤ずきん」の話をストーリーの展開に微妙にシンクロさせて物語に深みを与えています。この辺は逆に押井守の脚本らしい部分といえるでしょう。

 舞台となっている時代も古く、一見、地味な作品に見えるかも知れませんが、今やスタジオ・ジブリに匹敵する人気と実力を持った、プロダクションI.G.による緻密な作画、そして、後半の二転三転するドラマチックな展開やそれに伴うアクションシーンなど、単に娯楽作品として観ても十分楽しめる作品だと思います。

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