Vol. 27 「菊次郎の夏」

 世の中は、もうすっかり夏休み、ということで、今月は「菊次郎の夏」を観てきました。北野作品を観るのは「ソナチネ」、「みんな〜やってるか!」、「キッズ・リターン」、「HANA-BI」に次いで5作目ですが、劇場で観るのは今回が初めてです。

 内容は、既に知っている人も多いと思いますが、一言でいうと「たけし版 母を訪ねて三千里」です。浅草に住んでいる小学三年生の正男は、小さい頃に父親を亡くし、母親も遠くに働きに出ていて、今はお婆さんと二人暮らし。でも、その為、夏休みが始まってもどこにも連れて行って貰えません。周りの友達は、みんな旅行に出掛けたりして、誰も遊び相手がいなくなってしまったある日、ふとしたきっかけから母親が豊橋にいることを知った正男は、母親に会いに行くことを思い立って、途中でたまたま知り合った、たけし演じる遊び人の「おじちゃん」と旅を始める、という話です。映画は、その二人の奇妙な道中を描いたロード・ムービーで、それがそのまま正男の絵日記のような形で語られています。

 この作品の見どころというか、一番大きなウェートを占めているのは、やはり、正男のキャラクターだと思います。正男は最初のうちはうつむいてばかりで、決して可愛いとは言えないような少年ですが、それが逆にとても普通っぽく見えて、いつの間にか感情移入してしまいます。これはもちろん、正男役の関口雄介の上手さによるところも大きくて、暗いわけではないけれど、かといって利発そうにも見えない、という非常に微妙な線を見事に演じています。この辺は、まさにキャスティングの勝利と言えるでしょう。さらに演出も丁寧にされていて、彼が旅行に出る時に荷物をまとめるシーンで、リュックの中にお金や母親の住所を書いたメモなどと一緒に、夏休みの宿題の絵日記帳と問題集を入れて行くあたりは、妙にリアルで私はすごく気に入りました。

 ところで、今回の「菊次郎の夏」では、今までの北野作品を踏襲しつつも幾つか新しい試みが成されています。例えば、既にここで何度も書いたように、北野作品の特徴の一つはそのセリフの少なさにあるわけですが、そういう意味では、今回は(もともとコメディである、「みんな〜やってるか!」を除いて)今までになく饒舌です。その為、話も非常に分かり易くなっています。また、セリフが多い事にも関係しますが、ギャグの量も今までのシリアス系作品の中では一番多いように思います。決して大爆笑ではないですが、クスクスという感じのいかにもたけしらしい笑いが随所に入っています。逆に、もう一つの特徴である、暴力シーンは今までに比べるとほとんどありません。あっても、あくまで間接的な表現に抑えられています。何より、今回は人が一人も死にません。今まで、作品のテーマのどこかに必ずあった「死」が、今回はバッサリなくなっているのです。これは、ある意味ちょっとした冒険かもしれません。

 個人的な好みで言うと、実は私「HANA-BI」の方が好きなのですが、もちろん、「菊次郎の夏」も決して悪い作品ではありません。むしろ、今まで、たけしの映画は暴力的だし分かり辛いから、という理由で敬遠していた人にもお勧めできます。笑いつつ、ちょっとホロリとしたい人はぜひ。

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