「郷ひろみ! ついに解散」
1973年ころの『欽チャンのどーんと行ってみよう』、『ああカン違い』コーナーへの投稿

2011/1/29

ラジオの『欽ドン』、ですね。私はHBCで聴いていたけど、たぶんニッポン放送。夜の9:30頃からの15分番組。その後は、あおい君とさとう君。深夜1:00からは、地方のHBCで直接聴けるようになったTBSのパックインミュージック(特に金パ)。私のラジオ全盛時代だったな。音楽のベストテン番組も。音楽はラジオからカセットに録音して聴いていた。そうだ、HBCは1400kHz、TBSは950Hzだった。今、TBSは954kHz。HBCは聴けないので知らん。

月曜から金曜までそれぞれお題があって、それに対する一発ギャグをラジオを聴いている人が考え、欽ちゃんの所へお便りをする、という番組です。後に、このフォーマットは、テレビに移されましたね。この『ああ!カン違い』は金曜日だったかな?いちばん面白かった。笑いというのは連鎖するのか笑いの神様が光臨してくるのかわからないけれど、この日はほかの投稿もおかしかった。そっちのほうは既に忘れてしまっているが、この『郷ひろみ・・・』だけは忘れない。それは、今可笑しいというほどではないけれど。昭和45年(1970)大阪万博があって、日本のグループサウンズの人気が下火となり人気グループの解散が多かった数年後、ビートルズ再結成も噂話になっていた頃。'70年には、相撲の大鵬も引退したっけ(もちろん大鵬も解散はしない)。解散や引退という言葉は、今はさして重要な意味で語られることはないけれど、その当時はびっくり仰天のキーワードだった(少なくとも私にとって)。もちろんコント55号は漫才コンビ。(NHK大河ドラマの)『裏番組をぶっ飛ばせ』のコンビ絶頂の2,3年後。このラジオのように欽ちゃんはお笑いトーク番組、二郎さんはドラマ出演、と別々にも活躍し始めた頃でもあった。

欽ちゃん自身かスタッフが放送前に読んで面白そうなのを選んでいるはずですが、欽ちゃんは飄々と読み始めるのです。一頻りの笑いのあと、すこし間をとり「つぎー、」。そうゆうのが繰り返されのです。いつものように欽ちゃんの「郷ひろみ・・・」。女性アナウンサー(アシスタント?)、スタジオの人、大爆笑。欽ちゃんも。もう大爆笑。次の日、学校に行ったら、またこの話題で大爆笑。なにが可笑しいのか わからないけど、大爆笑。理由なんか考えない。いちいち説明しない。

面白いとか笑い、というのは創造の一種でしょうね。もともと存在するものじゃなくて。発見とか発明に相当する。新しいお笑いの人や漫才の人達が、一体何が面白いかわからない、と思うことがあるけれど、しばらくすると面白く感じることもある。逆に、昔の漫才やギャグで笑えないものもあるけど。痛いなあ、とか思ったり。

笑い、とは違うけど、勘違いはある。学校帰りスーパーの前で、私「あ、今なんか良い匂いした」、同級生「あ、おれ今ゲップしたんだ」。これは、忘れないなあ。

カン違い、をテーマに書いていたはずが、欽ちゃんのことを書いているうちに忘れてしまったな。もう一つあったんだけど。思い出したら、追記しておこう。

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