alternative autonomous lane No.25
2000.2.20

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目 次



【議論と論考】

戦後保守と天皇制(伊藤公雄)

天皇一族の公事と私事――雅子の「人権」と宮内庁の操作(天野恵一)

【「憲法論議」を論議する】

グローバリゼションの下での改憲論議と天皇主義(池田五律)

【海外情報】

香港民主活動家、国旗・区旗法違反で有罪(和仁廉夫)
















戦後保守と天皇制
伊藤公雄●大阪大学教員

 あちこちで、「このごろ保守系雑誌が面白い」などと言ったり書いたりしていたら、だんだん「保守系雑誌ウオッチャー」のような扱いをされるようになってしまった。太田昌国さんと栗原幸夫さんと一緒にリレー連載をしていた『派兵チェック』の企画が終わったら、今度は、本紙からの依頼である。とはいっても、実は、「このごろ、保守系雑誌がつまらない」と思い始めているのだ。保守系論者たちの主張がワンパターン化しているし、特集や企画も、「もうひとつ」というものが多い。
 とはいっても、日本の出版文化の状況は、総保守化というイメージが強いのも事実だ。実際、本屋にいくと、「右」系の人たちの書いた本が、以前だったら信じられないようなかたちで平積みされている。でも、読みたいと思うものはほとんどない。そんなわけで、このごろは、毎日(60年代や70年代の復刻)マンガばかり読んでいる。
 さて、前置きはともかく、依頼された日本の保守言説について書かねばならない。最初は、保守派言説の見取り図でも作ろうかと思ったが(もしかしたら、これがぼくに期待されていたのかもしれないが)、作業を開始してみたら、あまり面白くないことに気が付いた。そこで、今回はちょっと方向転換して、戦後日本の右派・保守に対するぼくなりのイメージについて書いてみようと思う。
 「戦後日本の右派・保守派」について、考えていくと、誰でも思うことだろうが、やっぱり「日本の保守派は変だ」という結論になる。欧米と比べて、何だか首尾一貫しない人たちが、「右翼」だったり「保守」を称しているような気がするのだ(もちろん、欧米の右翼だって一貫しているとはいいがたいのだが、程度というものがある)。対米従属としか思えない「親米のナショナリスト」がいたり、「共産主義は全体主義だ」と叫ぶ天皇制全体主義者(実際、右翼潮流の理想とする国家体制は、疑似天皇制「共産」主義とでもいえる朝鮮民主主義人民共和国の金正日体制にソックリという気がするのはぼくだけだろうか)がいる。そのため、リベラリズムの立場からの反共保守の姿が(もちろん、いないことはないし、最近、戦前・戦後の反共リベラルが再評価されつつあるという気もしているのだが)見えにくいのも、戦後日本の特色だろう。原発や産廃施設への反対運動に敵対する右翼(本来なら自然破壊に反対する、農本主義右翼がもっといていいはずだ)がいたり、道徳秩序の再建や家族制度の強化をうたう「道徳的」とはとてもいえない右派や保守派もゾロゾロ(というかほとんどの右派がそうだろう)いる(西部さんや小林さんをはじめ、保守派の論壇人や政治家のなかに自分が「家族秩序」を守る「道徳的・倫理的」な生活をしている、といえる人がどれだけいるだろう)。ナショナリストといえば、君主制を否定する共和主義的右派がいないのも、変といえば変だ。また、伝統破壊の資本主義を批判する右派・保守派も少ない。むしろ、資本の走狗として、資本に奉仕するという、拝金主義右翼ばかりが目につく(また、資本の側も、こうした右派・保守派ともたれあってきたのだ)。
 その一方で、西ヨーロッパのように、「民族排外主義」を公然とかかげる右翼が比較的目立たない(まったくいないわけではないし、これからその傾向が強まることが予想されるが)のも、日本の右翼の特徴かもしれない(むしろ、こうした排外主義の傾向は右翼の主張というより、一般の民衆意識のなかに強く感じられる)。朝鮮総連や民団などに右翼が攻撃をかけたという話は、(ぼくが気がつかないだけかもしれないが)、日教組・全教への攻撃よりも、目立たないのは明らかだ。右翼の街宣車に、排外主義的な言葉が見られることも少ないのではないだろうか(もちろん、右翼の民族排外主義の言動があれば、これに対してきちんと批判する必要があることはいうまでもない)。
 日本の右翼や保守派には、どうも右翼としての一貫性が欠如しているようなのだ。
 この右翼としての一貫性欠如の背景には、何よりも、戦前の天皇制体制の復活という天皇主義こそが、右翼・保守派の軸になっているということがある。他の、本格的右派の登場が、天皇制によって抑制されているのだ(たぶん、この天皇制という軸の強さは、皮肉なことに、戦前の右派潮流の多様性と比べても、戦後の方が強いのではあるまいか)。逆にいえば、「戦前の天皇制」を引照基準にするという一点で、右派・保守派が成立してきたのであり、この「原理」を守るためには、ナショナリズム(対米従属)も(反共)リベラリズムもへったくれもない、ということだったのだろう。そもそも、現在の日本国憲法だって、東京裁判だって、天皇制を守りたいがために、当時の(そして現在の)右派・保守派が積極的に受け入れていったということは、ちょっと歴史を振り返れば明らかなことではないか(それをいまさら、憲法改悪や東京裁判史観反対なんて、ご都合主義にすぎる)。今さらいっても誰でも理解していることだろうが、戦後右派・戦後保守は、その大部分が、基本的に天皇主義者でしかなかったのだ。
 しかし、90年代に入ると、日本においても、天皇を語ることのない右派・保守派が登場し始めている(この辺は、天野さんと論争になったところだが)。天野さんには「そんな動きはない」といわれたが、「自由主義史観」や小林よしのりといった、新たな右派・保守派が、(少なくとも登場しつつあった時期には)、意識的に「天皇」を避けてきたのは明らかだ。一部で評判になった福田和也氏と大塚英志氏の『諸君』での対談(「天皇抜きのナショナリズム」)でも、政治機構としての天皇制評価はむしろ「戦後民主主義派」の大塚氏の方が高いくらいだ。福田氏の主張は、天皇主義右派のものというより、反共リベラル派のいう天皇の政治からの排除=文化装置としての徹底論(それを体現しているのが、「天皇を京都へ」という主張だ)に近いものだし、そもそも、おちょくりが感じられる部分以外では、「天皇陛下」ではなく、「天皇」と呼び捨てにしている。
 こうした天皇抜きのナショナリズムという新たな動きへの反応は、日本共産党系の人たちにも影響を生み出しつつあるようだ。たとえば日本共産党の路線において、日本の政治文化という面での代表的なイデオローグといってもいい渡辺治氏は、全日本教職員組合(全教)の機関誌『エデュカス』の「日の丸・君が代」特集で、こんな風にまとめている。
 「(日本企業の多国籍化のなかで、権益防衛のための新たな軍事大国化に迫られた日本は、あらたなナショナリズムを必要としている。この過程で、アジア諸国との今後の関係を含めて、これまでの天皇を中心としたナショナリズムが後退し、新たな二つの方向が見えてきた。ひとつは、小沢一郎氏の「国際貢献」を軸にした大国化のイデオロギーであり――ここまでは伊藤の要約)もうひとつの選択肢は、天皇抜きのナショナリズムを作るという立場です。つまり中核に国民主義、民主主義を置いた戦後の新しいナショナリズムを作っていく。そうした新しいナショナリズムで大国化の合意をとりつけようという立場です」
 この渡辺氏の議論は、全体的にみて、ちょっと図式的すぎて納得のいかない部分も多い。しかし、日本の右派・保守派のなかに、天皇を表に出す形での国家統合が困難な状況への認識がある一方で、国家統合の論理を、日の丸・君が代という天皇を軸にした形でしか表現しえない状況に対して、天皇制そのものを軸に論争をしかけていくという問題提起は、ぼくも同感するところが多い(というか、同じようなことを書いたりしゃべったりしてきた)。
 とはいっても、天皇抜きのナショナリズムの議論の一方で、戦後の右派・保守派の結集軸のメインストリームは、未だ天皇制であり続けているのも事実だ。おそらく、天皇主義右派・保守派は、今後も、あくまで天皇を軸にした国家統合の路線を捨てきれないだろう。この力は、「天皇抜き(天皇に無関心を装う)」派を、政治的・経済的圧力(カネの力も含めて)で、天皇主義の側に巻き込む形で作用するかもしれない(実際、「天皇」を否定的に語っていた右派・保守派のなかに、こうした流れに巻き込まれつつある論者も目立ちつつある)。しかし、「抜き」派がそれなりに見抜いていたように、その一方で、「天皇」という古い制度に対する無関心や直感的反発も、それなりに根付き始めているのも明らかだ(在位10年の、天皇主義派の、ぶざまといっていいコビ政治は、その焦りのひとつの表現だろう)。
 ある意味で、天皇主義右派の政治の危機が生じているといってもいいだろう。その意味で、日の丸・君が代を軸にした天皇をめぐる議論を、僕たちはもっともっと現実の政治過程のなかに持ち込んでもいいのではないかと思う(もちろん、逆効果にならないような慎重な準備が必要だろうが、もう少し、民衆の天皇をめぐる意識に対する信頼感をもってもいいのではないか。実際、はっきり反対とは言わないまでもある種の忌避感情が存在しているのは明らかだと思う)。それこそ、ぼくなどは、次期衆議院選挙には、これをテーマにした介入を、反天皇制潮流は、大胆に持ち込んでもいいのではないかとさえ考えているのである(少なくとも、国会で「しない」といったのに実際は強制が行われている状況に対して、「日の丸・君が代の強制反対」を選挙の論争のひとつに加える運動が必要なのではないか)。「日の丸・君が代の強制をするような政権はいらない」という声のなかで政権交代を作り出すことは、たぶん、今後の天皇制をめぐる大きな政治転換のキッカケになると思うからである。
(『反天皇制運動じゃ〜なる』31号、 2000.2.15号)








香港民主活動家、国旗・区旗法違反で有罪
和仁廉夫
●ジャーナリスト

◆国旗に×をつけてデモしただけで逮捕
 海の向こうのことではあるが、昨年一二月一五日、香港終審法院(最高裁に相当)で国旗問題で注目すべき判決があった。
 ことは一九九八年正月に遡る。香港の民主派が元旦に行っている恒例のデモで、持参した中華人民共和国の国旗《五星紅旗》と《香港特別行政区旗》にペンキで×印や穴をあけて参加した民主活動家の呉恭劭・李建潤両氏は、これらの旗を香港政府庁舎ビルのフェンスにくくり付けた所で警官隊ともみ合いになり、公共の秩序を侵害したとしてその場で現行犯逮捕され起訴されていた。二年にわたった裁判で、終審法院は被告を無罪とした高等法院(高裁に相当)判決を棄却し、あらためて原審(地方法院)の判断を支持、二人に有罪判決を言い渡したのである。(事件番号:FACC4/99)
 判決は、中国国旗と香港特別区旗を共に香港の一国両制度を象徴するものとして位置づけたうえで、公衆の秩序を確保するためには言論の自由も一定の制限を受けるとして、《国旗区旗法》は《香港特別行政区基本法》や《公民の権利と政治的権利に関する国際公約》(国際人権規約選択議定書)に定める言論表現の自由を侵害するものではないとした。
 この事件の裁判は、まず一九九八年五月一八日の香港地方法院判決で、被告は罰金二千香港ドル(約二万八千円)と一年間の観察処分を言い渡されたが、これに不服を訴えた被告たちは民主派弁護士たちの援助を得て控訴。九九年三月二三日に行われた高等法院の判決では、「《国旗区旗法》は返還後の香港の憲法に相当する《香港特別行政区基本法》に違反している」として、被告ふたりは一転無罪となった。このため香港特区政府が上告して争われていた。
 裁判は李國能首席法官ら五名の裁判官によって行われた。判決はまず「《国旗区旗法》は一種の発表形式に対する制限であり、表現の自由を侵害するものではない」とし、「返還後の香港の法秩序において、国旗・香港特区旗は、社会や地方の権益を保護することと合致しており、公共の秩序の範疇に属するもの」で、「国旗・香港特区旗には、象徴的意義があり、これを侮辱することは《一国両制》の侵害で、刑事罰に問われる。その必要から表現の自由に制限を加えるのはやむをえない」とした。また、香港が既に批准しており、被告らが論拠とした《国際人権規約B規約》との関係については、「国際人権規約に署名している多くの国でも、国旗は刑法で保護されている」と退け、「表現の自由にも法律の制約があり、公共の秩序を侵害することはできない。ゆえに国旗および区旗を法で保護することはただちに違憲とは言えない」とした。

  
◆内外のマスコミ・法曹界も注目!
 判決は香港のテレビ、新聞各紙でトップニュースとして扱われ、記者たちのマイクに取り囲まれた被告・呉恭劭の姿が大写しになった。
 事件以来被告を支援してきた弁護士で、民主党の副主席をつとめる何俊仁議員は、法廷の外に出てきたところを記者団に囲まれた。「この判決は、さきの内地子女問題に対する判決に続く司法の後退です。今の香港の政治・司法を取り巻く情勢は、開発独裁を推し進めるシンガポールの状況と似てきており、《香港基本法》にかかわる問題や政治的な裁判では、必ずや政府側が勝つようになっています。このことは香港の司法の独立が危機的状況にあることを物語っています」と述べ、「祖国回帰以前に香港市民が享受してきたさまざまな市民的自由が、今や侵害されているのです!」と警鐘を鳴らした。
 NGO団体《香港人権観察》の羅沃 総幹事も「香港では政治的に敏感な問題で、国家利益に偏向する《シンガポール化》が進んでいます」と指摘し、「国旗が保護され、特区長官が立法会を意のままに支配し、法廷が政治の現実の前にひれ伏すというのであれば、法が保護する個人の権利はことごとく崩壊してしまいます」と憂慮を表明した。
 香港の新聞・テレビ・ラジオ各社の記者たちで組織している香港記者協会も「国旗毀損事件は直ちに公共の安寧秩序を脅かしたとはいえず、終審法院の観点はあまりにも保守的にすぎます。判決は極めて遺憾であり、香港記者協会は平和的な抗議活動も含む表現の自由のため、当局に《国旗区旗法》の改定を要求します」と声明を発表した。
 有罪判決を受けた呉恭劭被告は「判決に失望してはいないが、大いに不満だ。民主的な議会とはいえない臨時立法会(香港返還で、従来からあった民主的な選挙で選ばれた立法評議会を解散させ、中国政府の恣意で指名した親中派代議員の選挙によって選ばれた暫定議会)が制定した《国旗区旗法》は明らかな悪法だ。悪法には挑戦し続ける!」と今後も変わらず闘いつづける決意を述べた。
 

◆日本の現状に照らして
 日本の《国旗国歌法》では、いまのところ手製の《日の丸旗》に×を付けたり、穿孔を施してデモ行進したとしても、せいぜい右翼に襲撃されるのが関の山で、これをもってただちに逮捕・起訴されるという事態にはならない。だが、香港の事態をただちに「対岸の火事」とするわけにはいかない。これが自国の国旗でなく、他国の国旗に対するものであれば、現行の日本の法秩序でも香港と同様の事態が考えられるというのだ。
 刑法九二条には「外国に対して侮辱を加える目的でその国の国旗・その他の国章を汚損した物は二年以下の懲役、または二〇万円以下の罰金に処する」と書かれている。これは被害を受けた相手国政府の請求がなければ起訴できないという要件のため、たとえば反米デモで、米国大使館前で星条旗を燃やしたり踏みつけたりしたとしても、いまのところは米国政府の要求がない限り起訴や処罰はできない。
 内田雅敏弁護士によると、「《国旗国歌法》は、明治憲法下における刑法七三条から七六条の不敬罪の規定が復活し、八三条から八六条の利敵行為に関する規定が復活することを意味する」という。したがって、この延長線上には「外国の国旗を焼却して処罰される規定があるにもかかわらず、(彼らの言う)日本の国旗が焼却されて処罰されないなどという馬鹿なことがあるかという議論が必ずや起こると思います」と指摘している(一九九九年一二月一九日/グラン・ワークショップでの発言)。
 ちなみに、香港の《国旗区旗法》では、^公開の場で国旗・区旗を焼却する行為、_公の場で掲揚されている国旗・区旗を毀損する行為、`国旗・区旗をペンキなどでアレンジして汚す行為、a故意に国旗・区旗を汚す行為、b故意に国旗・区旗を踏みつける行為の五項目を犯罪行為として禁止し、これらの行為の実行者に対して、罰金五万香港ドル(日本円で約七〇万円)ないし禁固三年の量刑を規定している。
 香港の活動家の場合、対象が中国国旗であるなど、日本にそのまま適用すると政治的に微妙な問題も出てくる。だが、英国植民地化ではこのような行為で刑事罰に問われる事態はなかっただけに、天皇制に関わる思想・良心の自由という問題は別としても、言論・表現の自由への締めつけという視点では日本で進行中の事態と共通の問題も見えてくる。
 個々に条件は異なるとはいえ、植民地から祖国に復帰した香港でも、不況の長期化にあえぐ日本でも、《国家》が頭をもたげてきているという事態ははからずも同じだ。今回の香港民主活動家の国旗毀損事件は、決して《対岸の火事》などではなく、《他山の石》として教訓にすべきだというのが、筆者の偽りない感想である。
(『反天皇制運動じゃ〜なる』31号、 2000.2.15号)










天皇一族の公事と私事
雅子の「人権」と宮内庁の操作

天野恵一●反天皇制運動連絡会


 「雅子」をめぐるマスコミ報道は、その「流産」発表以来、あの「懐妊兆候」報道直後の、「祝い」を強制する信じられないほどの大騒ぎが、まったくなかったかのごとく、消滅している。
 右翼の「朝日新聞社」攻撃の話は、耳にする(マス・メディアがとりあげているわけではない)。本当は、いつ「流産」と判明したのか(どう考えても、あの発表のプロセスは不自然だった)、宮内庁内の誰がリークしたのか、なぜ知っていながら(?)ベルギーに行かせたのか、といった宮内庁側(医者も含む)の責任という問題が出てくる、すべての問題がまるごとベールにつつまれたまま、この問題も終わろうとしているようである。
 宮内庁側はマス・メディアの方にすべての「責任」をかぶせて逃げきってしまったのだ。右翼の動きも、その線である。彼等の立場でその「責任」を問うなら、宮内庁をもそのターゲットにならなければならないはずにもかかわらず。宮内庁側は「雅子さま」の人権侵害をした一部マスコミへの非難の強い姿勢を公然と示すことで、この隠蔽を成立させた。多くのマスコミは、とりあえずシュンとした姿勢を示し、女性週刊誌などは、自分たちが以前から何年間も、さんざんアーダ、コーダと書いてきたことを忘れたかのように、「反撃できないのに、雅子さまおかわいそう」という記事を、「流産」報告とともにタレ流した。
 こうした宮内庁政治のマス・メディア操作がつくりだされている状況下で、天皇制批判の立場から、彼女の人権を擁護し、マスコミ報道を批判する文章をいくつか眼にした。
 本多勝一の「『天皇』家に嫁いだM子さんの私事」(『週刊金曜日』一月一四日号)が、もっとも徹底した主張である。
 「何の必然性もない天皇制の『皇位継承』など『国民』の一人たる俺にとって『重大な関心事』では全くない。こういう国民もかなりいるはずだが、あたかも全国民の『重大な関心事』であるかのごとく書く鈍感さと思想的頽廃と、事実に反する虚偽性・虚報」。
 こういう主張に、私は強く共感する。しかし、である。本多は「M子さん」の私事を暴露する「名誉毀損・人権侵害」のマス・メディア(特にスクープをし「弁明」記事を書いた「朝日新聞」)を鋭く非難しているわけであるが、その論が、あたかも「雅子」の懐妊や流産に、まるきり「公共性」がないかのごとき前提で成立していることが気になった。
 この問題について、『週刊金曜日』(一月二八日号)の投書欄に「現法制下では天皇一族に人権はない」のだから「『人権侵害』として糾弾することに疑問を感じている」という批判の声が載せられている。問題にしているのは「天与のもの」としての人権ではない。
 「……、彼等の持つ法的な特権は否定されなければならない。彼らの人権を保障するには、憲法の天皇条項やそれに付帯する皇室典範をはじめとする諸法律を、否定することが条件となる。現在のままでは、天皇一族に、人権は認められない」。
 この、まったく、その通りの匿名教員の主張は、こう結ばれている。
 「問題は、これが人権侵害かどうかではなく、ある夫婦の妊娠や出産というまったくの私事が、国家と国民にとって重大な意味を持つかもしれないという現在の制度にあるのだと思う」。
 問題は、天皇(一族)の私事は国家的公事であるとする憲法(一章)と皇室典範の基本理念にあるのだ。世襲の王制を憲法が宣言し、天皇の身体が国と「国民統合」を象徴するという制度は、次の天皇となる可能性のある子供づくりは、必然的に国家的「公事」とする制度である。
 朝日新聞(編集局長)の「公人中の公人」の私事は公事という弁明のロジックは、国家制度上の根拠のあるロジックである。もちろん、このロジック自体を否定的に考える立場で物事を考えることは自由だ(私自身もそのつもりである)。しかし、そういう国家(憲法)秩序の内側を私たちが生き、生かされているという事実に無関心・無知であるということと、それは、まったく別の事柄であるはずだ。
 それに、さまざまなプレッシャーがあったとしても、このウルトラ特権(人権を喪うことと対応している)にかこまれた皇室の「人間」になることを雅子は、最終的には自分で選択した「才女」なのだろう。
 彼女の「人権」をめぐる問題は、このマスコミじかけの象徴天皇制自体へのグロテスクさへの批判と重ねて考えられなければ、おかしな方向へ流れるものになってしまう。
 国家制度としては存在していない「皇室の人権」をタテにした宮内庁側の報道操作を操作として見る視点こそを持つべきなのである。
(『反天皇制運動じゃ〜なる』31号、 2000.2.15号)











《「憲法論議」を論議する・5》

グローバリゼションの下での改憲論議と天皇主義
池田五律●反天皇制運動連絡会

 福田和也なる、私(四〇歳)と同世代の、江藤淳の跡継ぎを装う右派イデオローグ・文芸評論家がいる。彼の改憲論の前提になっているのは、次のような国家観だ。
 「北朝鮮みたいにロクに飯も食えないのに原爆を作っている国から、アメリカまで、国の一分を立てるために、命がけで努力している国ばかりでしょう。/そんな連中から見て、わが国はどう見えるでしょうか」
 彼にいわせれば、占領下で成立したアメリカ製の憲法は、講和条約締結後に廃棄してこそ、「まともな国民」ということになり、アメリカ製の憲法を崇める護憲派は「とてつもなく活力が弱くて、いい加減な国民」であることの証ということになる。そして、吉田茂、宮沢喜一ら保守本流を、「祖国の、国益を損ないながら」、嫌いなアメリカに服従するものだと批判する。「一応自衛隊を整備し、アメリカとも防衛協力を進めながらも、憲法には手をつけないで、日本を国家として半端なままにして」おく保守本流は、「憲法とか、軍事とかいう、最も厄介なことを自分でひきうける」こと、つまり「自立」を避けるものだという(『日本の仇』光文社、一九九八)。
 一方、一九九六年の「日米安保共同宣言」の作成過程に関与した一人、マイク・モチヅキは、次のように語る。
 「憲法を改正すれば、日本の防衛政策の透明性がより高まり、わかりやすいものになると思います。私は有事法制整備は望ましいと考えます……」「日米同盟を強化して、法制局もその保有を認めている集団的自衛権の行使に踏み切り、そして米国のパワープロジェクションに積極的に日本が参加し、貢献できるということが必要です」(「孤立化しない米国と『普通の国』日本」、『外交フォーラム』二〇〇〇年三月号)。
 当たり前のことだが、改憲と安保強化は一体のものなのだ。福田は、アメリカは「弱虫が心底嫌い」、「戦う者を尊敬するという文化をもっている」ともいっている。即ち、福田の言説は、日米が「戦う者」同士としてのパートナーシップを築くことが、日本の精神的「自立」と「国益」につながるという主張なのであり、ストレートな反米ナショナリズムなどではないのである。
 日米両政府が、冷戦後も日米安保を再編強化しようとする背景には、グローバリゼーションがある。米政府にとっての「国益」とはハイテク産業や多国籍企業の利益であり、産業空洞化で雇用不安に晒される労働者の利益ではない。日本政府にとっての「国益」も、海外権益を増大させたビッグ・ビジネスの利益であって、基地被害に晒されている沖縄の人々の人権ではない。むろん、グローバリゼーションの分け前をめぐっての利害対立は存在する。福田のいう「国益」とは、その分け前をもチとよこせということに他ならない。だが、それは古典的な国家間対立に至るものではない。戦後世界で形成された相互依存は、それを不可能にしたし、グローバリゼーションは、相互依存をより深化させるからだ。
 改憲論で浮上している環境権とかプライバシー権といったものも、そうした文脈の中で浮上するものでもある。相互依存が深化する中で、古典的保護主義を政策手段とすることはできない。「人道」という名目が先進国優位の世界秩序を維持するための軍事力行使を正当化する名目として持ち出されるのと同じように、「環境」が経済的利益の確保や拡大を正当化する名目として持ち出されることになる。情報ハイテク産業のグローバルな展開は、プライバシーや知的所有権をめぐる紛争を激化させ、既存秩序への批判のネットワークのツールをも生み出す。それに対して、国家が個人情報を掌握することを民間のトラブルを理由に正当化し、情報ハイテク部門での経済的分け前の確保・拡大を図る。このように、改憲論は、グローバリゼーションへの対応から要請されたものなのだ。
 そうした国際化は国粋化と矛盾しない。国民経済が実体を失えば失うほど、その中で既得権を喪失する人々のアイデンティティを国家につなぎとめ、分け前の取り合いのための圧力として組織する必要に迫られる。その装置として天皇制の強化が求められる。
 福田和也は、「永遠なる日本が、その風土と気風が、私たちと一体になり、勇気を鼓舞してくれるのです」という。その「永遠なる日本」とは何か。福田は、「昭和天皇がいらっしゃる間は、まだまだ日本は、国家としての『核』を持っていたように思えます」と述べている(『日本の決断』、角川春樹事務所、一九九九)。つまり、「永遠の日本」とは天皇に象徴されるものであり、アキヒト以降の天皇制を、そうしたものとして強化せよということなのである。改憲論者は、天皇主義者でもあるのだ。
 小渕首相は、「建国記念の日を祝う国民式典」で、「国の志を語る時」と述べた。
 グローバリゼーションも「国の志」もNO! それを原点に据えていきたい。
(『反天皇制運動じゃ〜なる』31号、 2000.2.15号)