にえある

聶耳記念碑


藤沢 鵠沼海岸




聶耳 クッキー:「今回は、聶耳の記念碑だよ。」

ショコラ:「えっ? なぜ、クッキーが知ってるの?」

クッキー:「えっへん!!僕だって少しくらい勉強したのさ。

      今回は、僕が説明するよ。」

ショコラ:「大丈夫かな〜?」

クッキー:「大丈夫、大丈夫、まかせてよ。」

ショコラ:「それでは、クッキー先生お願いします。」




クッキー:「レリーフがはめ込まれている石壁の前に

      建っている碑をよ〜く見てね。」

ショコラ:「何だろう?何かの形かなぁ?」

クッキー:「そう、この碑はね耳という字をモチーフにしてあるんだよ。」

ショコラ:「あっ!本当だ!耳に見えるよ。」(実は全て知っているショコラ)

クッキー:「聶耳は、中華人民共和国国歌の「義勇軍行進曲」の作曲者として

      有名で、民衆に密接に結びついた映画や劇の音楽が多かったんだ。

      「義勇軍行進曲」もその一つで、人民解放軍に愛唱されて、

      中華人民共和国の成立と共に国歌として制定されたんだ。」

ショコラ:「なぜ、中国の人の碑が藤沢に建っているの?

クッキー:「それはね、聶耳は昭和10年に日本に来たんだ。

      7月の藤沢で遊泳中に波に呑まれ帰らぬ人となってしまったんだ。

ショコラ:「なぜ、日本に来たの?」

クッキー:「留学したパリからの帰途という説と、

      亡命のため日本を経由してソ連に向かう途中という説と

      2つあるけどよくわからないんだ。」

ショコラ:「じゃあ、いつ頃建てられたの?」

クッキー:「えーっと、最初に建てられたのは、昭和20年だけど、

      天災に見舞われて昭和40年に再建されているんだ。

      その後、聶耳没後50年を記念して昭和60年に記念広場として

      整備されたんだよ。」

 


ショコラ:「碑への行き方は下の地図をみてね。」


あし:

小田急電鉄

鵠沼海岸駅から徒歩で約5分。



















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