抗争するオルタナティブ

 活動家と研究者の協慟の場をめざす「ピープルズ・プラン研究所」(PP研)が発足し、その記念シンポジウムが六月二七日に開かれた。「越境する民主主義とその主体」をテーマとするそのシンポジウムでは、資本がおしすすめるグローバリゼーションにたいし、民衆を主体とするどのようなオルタナティブな世界がありうるのかが討論され、報告者の一人・武者小路公秀は「普遍的で同時に特殊的な人間と自然観にもとづく多元的普遍主義の理念」の必要、また「人間の発展、安全、権利を、糾合の新しい神話とする希望の連合」の構築、などを語り、研究所共同代表の一人・武藤一羊もオルタナティブな世界についての理念の重要性を強調した。
 マルクス主義の権威失墜とポスト・モダンの空騒ぎのなかで、大きな物語を語るにはほとんど嘲笑の的になる覚悟が必要だったが、臆すことなく「理念」や「理想」、さらには「神話」というような言葉をつかう彼らの蛮勇に、傍聴席にいた私はいささか居心地の悪さを感じながらしかし同時に、少しばかり感動しないわけにはいかなかった。いささかの居心地の悪さとは、彼らと同じ認識をあのパンク右翼の福田和也が言っており、少しの感動とはその同じ認識のうえで福田と武藤たちとの志向する方向があざやかに正反対に対立しているからである。
 福田は「いわゆるグローヴァル・スタンダードと呼ばれるアメリカの世界一規格化の潮流に私たちが対応する必要が、日々高まっている」と前置きして、つぎのようにつづける。「だがこれらの対応は、ただアメリカへの反発ということに終わってしまっては、意味がない。やはりアメリカが今描こうとしているのとは別の、国際社会にたいするイメージ、構想戦略にもとづかないならば、そこに実効性も期待できないし、反抗のための反抗という自己破壊のプロセスに自らを追い込んでいってしまうことになるだろう。/だが、いかにすれば、われわれは、その世界的構想なるものをもつことができるのか。/そこに、理想の問題が、緊密にかかわってくるのである。」「では、その理想とはいかなるものなのか。どのようなものでなければならないのか。/それは、アメリカというきわめて一義的な普遍をかかげる国に対抗しうる、普遍を訴えなければならないのである。」(「国策とその理想」、『発言者』七月号)
 健全なナショナリズムだの日本の来歴だの、もっぱら日本一国の国民的統合に目を向ける「自由主義史観」派や「新しい歴史教科書を作る会」の面々とは違って、この「大東亜戦争の加害責任を誇りを持って引き受ける」と称する革新右派イデオローグの現状にたいする認識は、一見、われわれとそれほど変わりがないように見える。しかしここで忘れてならないのは、ファシストはラディカルな革新派だったということだ。天皇制ファシズム下の革新官僚は、戦争遂行の最大の主柱だったのである。「国策的構想が、我が国の行き詰まりを救うというのは、原理的にまったく正しい。しかし、そのような構想を打ち立てるためには、その構想を支える理想が、つまり普遍的な挑戦の身振りが、必要ではないのか。ナショナルなものを維持するためには、ナショナルな領域を超越しなければならないとすれば、いかなる普遍的な意志が、今の日本にありえるのか。」これが福田論文のリードである。
 そこで彼が想起する「国策」とはかつての「満州建国」であり、「理想」とは「五族協和」なのである。もちろんここでわれわれは、やれやれ、そうですか、と言って、顔をしかめて立ち去ることもできる。しかしちょっと我慢してもうしばらくここに留まった方がいいように思う。なぜならここは「争点」だからだ。もちろん「満州」が争点なのではない。
 私は福田和也のような右派イデオローグが、資本主導のグローバリゼーションにたいして、単純なナショナリズムを対置するのでなく、オルタナティブな普遍的理想について語りはじめていることに、下層にとどまらず上層(支配層)までを巻き込むにいたったこの国の危機の深化を見る。そのような状況のなかでは、保守は保守であるだけではもはや保守でさえあり得ない。
 われわれだけでなく、保守も保守なりに革新を語りオルタナティブと理想を語らなければならなくなったところに真の意味での「争点」が形成される。「ナショナルな領域を超越しなければならない」というその「超え方」その「方向」がまさに争点なのである。
 われわれと彼らの対立が決定的になるのは、言うまでもなく「国家」が問題になるときだ。彼らは簡単に「ナショナルな領域」を超えると言うが、理念を語るのならとにかく、運動を問題にする限り、それはそれほど簡単なことではない。権力とのせめぎ合いが露呈する「場」を仮に「ローカル」と呼ぶとすれば、そのようなローカルな、そしてほとんどの場合、単一の課題を巡るさまざまな対抗関係の「場」(それは必ずしも「地域」とはかぎらない)における「運動」のなかに形成される「民衆的主体」をぬきに、そのような「超越」は、すくなくともわれわれの理想としてはあり得ない。なぜならこのような「場」における運動とそこに形成される主体があってはじめて、世界が開けてくるからである。そのときイヤでも運動は世界のなかに押し出される。そのような具体的な運動を踏まえるのか、あるいは抽象的に国家の理念を語るのか、そこに決定的な対立点があることは言うまでもない。
(『派兵チェック』1998年7月15日号)